まさか我が子を…ー子供の車内置き忘れと脳のメカニズムー


今朝、うちのリビングルームで一番心地よい大きなソファ椅子にデンと腰掛けた瞬間、ハッとした。スパイニーがリビングのカウチベッドにスヤスヤと寝ているのが目に入って、一瞬びっくりした。いつもは抱っこ紐で寝るか、運が良ければベッドルームでお昼寝をするので、リビングで寝ている光景に慣れていなかった。というより、スパイニーの存在そのものさえ、ほんのほんの一瞬だけど忘れていた気がする。なんだか後味が悪い。

元々忘れっぽい上に寝不足の私には驚くことでもないのかもしれないが、今朝はいつになくどんよりした気持ちになってしまった。おそらく、2、3日前に目にした、栃木でお父さんが子供を車内に忘れ熱中症で死なせてしまったという記事のことが頭の片隅にあったからだろう。※

あのニュースを読んだ時、一番最初に思ったのは「自分じゃなくてよかった。」ヤフージャパンのコメントを見ていると(それが日本のマジョリティーの意見では必ずしもないだろうけど)、そのように感じているらしき人は見当たらなかった。それどころか、多くの人が口々に「信じられない」と言っていて、中には虐待を疑う声さえある。もちろん、このような致命的なミスは取り返しがつかないし、あってはならないことだ。でも自分はやらないと100%言い切れるかといえば、残念ながらそうではない。

先日、ヒッピー君もやらかしていた(というかかなり日数が経ってからその報告があった^_^;)が「スパイニーがまだ新生児の頃、ソファ椅子に座って自分のすぐ横にスパイニーを置いたんだけど、テーブルの上の本を取ろうとして起き上がって、そのまま後ろ向きに座ってしまった。スパイニーがそこにいることはその一瞬で忘れていて、たまたますぐ横に『着地』したからよかったけど、もうちょっとで下敷きにするところだった〜」と。スリムなパパならまだしもヒッピー君は90キロ。その巨体が新生児のスパイニーの上にドスンと座ったら・・・と想像しただけでゾッとする。

とは言え、私も最初にあげた例のようなことがあるから、ヒッピー君のことは責められない。でも、そんなにほんの一瞬で、目に入れても痛くない我が子のことを忘れるなんてことは、本当にあり得るのだろうか?

アメリカでは「子供を車内に忘れること」をどう捉えられているか気になったのでネット検索してみた。予想以上にかなり色々議論されているが、偶然にもこの栃木のニュースのほんの数日前に、ある神経科学者が子供の車内置き去り事故についてCNNのサイトに記事を書いていたので、紹介したい。

オリジナル記事はこちら。

http://www.cnn.com/2016/07/25/health/hot-car-deaths-explained/index.html

アメリカでは1990年代以来、100人以上の子供が車内に誤って残された結果、命を落としているそうだが、いずれも親のネグレクトや虐待の証拠は見られなかったという。

神経科学者のデービッド・ダイアモンド氏も、当初はネグレクトや虐待を想定していた。しかし、当事者である親に話を聞いたり、親が救急車を呼んだ時の通話記録を聞いたりした結果、大多数で親の冷淡さや怠慢で起こったのではないことがわかった。ダイアモンド氏がリサーチを始めた2004年以降では、300人以上の子供が、車内に誤って残されたことによる熱中症で亡くなったり、脳に損害を受けたりしたそうだ。親のネグレクトや虐待をが原因でないならば、どのようにしてこうした悲劇が繰り返し起こるのだろうか。

要点をまとめると

− 脳の中には、習慣的記憶を担う前頭葉と、展望的記憶を担う大脳基底核とが存在する。
− 前頭葉は、日々の中で習慣的に繰り返す行為を記憶し、例えば自宅から職場への車での毎日の通勤もこれに入る。
− 展望的記憶は二つの脳の構造でプロセスされ、例えば子供が車の中にいるという新しい情報が「海馬」で覚えられ、「職場に直行せず途中保育所に寄る」といったルート変更が「前頭前皮質」で行われる。
− 習慣的記憶と展望的記憶は脳の中で競合し合い、習慣的記憶が勝る。会社の帰りにスーパーに買い物に寄るつもりが、うっかり忘れて自宅に帰ってしまったといった例がこれに入る。

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このように脳の構造を解釈すると、ヒッピー君がスパイニーの上にうっかり座りそうになったのにも説明がつく。ソファから立ち上がってテーブルの上の何かを取ってまた座るという動作=彼にとっての習慣的記憶が、「我が子を椅子に置いている」という新たな情報をかき消してしまったのだ。ダイアモンド氏は、この現象はストレスや寝不足でさらに起きやすくなるとも言っているが、確かに当時ヒッピー君もかなりの寝不足だったはずだ。

では、車に子供を置き去りにしてしまう悲劇を防ぐには、どうすればよいか?ダイアモンド氏は、カーシートとリンクしたスマートフォンのアプリにも言及しているが、アメリカでも「まさか自分が」と思っている親が大半の中、普及はしていないようだ。また、ジェネラルモーター社は、目的地に到着した際、子供が車に乗っていることをお知らせする機能のついた車を開発したそうだが、こちらも一車種に限られているという。

栃木で起こった事故の原因が、このダイアモンド氏の説明にぴったり当てはまるかどうかはわからない。でも、あのお父さんが当時、相当のストレスを受けていたり、寝不足だった可能性はあると思う。亡くなったお子さんはきっと車内で寝てしまったのだろうし、その子が車内にいることを知らせるもの(例えば子供の荷物)も目に入いるところになかったのだろう。

真相はわからないが、これからもし有益な議論が起これば、このような悲劇がまた起こるのを防げるかもしれない。そのためにはまず、こういった事故は必ずしも無責任な親が起こすのではなく、誰にでも起こりうる現象であるという認識を持つことが大切なのではないだろうか。

※この記事は本ブログ開設前の2016年8月1日に書いたものです。

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