帝王切開・ポートランド版Part1


ついにその日が来た。帝王切開。経験した人はわかると思うけど、予定日があるとはいえ、自分の赤ちゃんの誕生する日時が前もって決められているいうのはちょっと不思議な感覚だ。

私の場合、自然分娩でなく帝王切開をする理由は前置胎盤。自然分娩へのこだわりを捨て切れなかった私は、ギリギリまで様々な努力をしたが、子宮口を塞いだ胎盤を結局上げることはできなかった。

帝王切開の日はその一週間前の検診後に決まった。37週に当たる。その一週間、ソワソワした気持ちが常にあった。あとはとても感情的だったのを覚えている。

2月半ばに、前置胎盤に加えて、エコーで胎盤に血の塊が見つかった(英語ではVenous Lakeという)せいで、急遽予定よりひと月以上も早く産休に入ることになった私は、生徒達や保護者、同僚の先生達にもきちんとした挨拶もできないままだった。私の不妊治療をずっと応援してくれていた同僚のB先生だけには、帝王切開の日程をすぐに知らせた。彼女は私のベビーシャワーに来られないから、とプレゼントを自宅に郵送してくれていた。出産前にちゃんとお返しを渡したかったのもあり、ある朝思い立って彼女に会いに職場を訪ねることにした。

入り口のドアを開けると、びっくりした表情でB先生が姿を現した。その背後にはB先生の息子のQ君が、遊んでいる。毎朝の見慣れた光景だ。

と、その瞬間に私もB先生も号泣している。

Q君が遊んでいる手を止めてこちらを唖然と見ている。なんでこの二人泣いてるの?と言いたげた。

「悲しいから泣いてるんじゃないんだよ。嬉しいからなの。Reikaにもうすぐ赤ちゃんが生まれるんだよ。」とB先生が説明した。

生徒が到着する前の忙しい時間だし、アポなし訪問だったので、お返しを渡すと早々に引き上げた。涙のせいで言葉が全く出なかったけど、B先生は私の感謝の気持ちと、不安と、嬉しさと、怖さ、全部わかってくれていたのが、私にはわかった。それだけで満足。

車を発進させたけど、どうしても涙が止まらない。しかたなくまた路肩に止めて、涙が止まるまで待った。

そんな感情的な1週間も、あっという間に過ぎてしまった。本来なら、帝王切開の手順などを学んで過ごすべきなのかもしれないが、情報を増やせば増やすほど不安の方も大きくなるのがわかって、予備知識は最低限に止めることにした。

帝王切開の手術開始時間は午後5時。2時間前の午後3時に病院入りするように言われた。当日午前9時以降は飲食は禁止。水を飲むこともダメだ。その日の朝は、ヒッピー君の特製バナナ入りパンケーキとダブルアメリカーノをリクエストした。とても美味しかった。たくさん食べてなるべく空腹になるのを遅らせようと目論んでいたけど、いつも食べる量くらいしか食べられなかった。緊張のせいもあるだろう。

そして、朝食の後は、用意していた入院グッズ、赤ちゃん用のバッグの中身をもう一度確かめたり、うちの掃除をしたりして過ごした。

同じアパートに住む友達(日本人)が写真撮影にやってきた。彼女は二人目の子を妊娠中で、予定日は私のひと月後だ。二人で大きなお腹を並べてチーズ!このお腹にも今日でサヨナラかと思うと、寂しい。

ちょっと早いけど、いつもクリニックに行くより時間に余裕を持って出発。ドキドキが更に増してくる。車での道のりはなぜかいつも以上に混んでいて、少し長めにかかった。駐車場に到着するとすでに3時10分前だった。若干急ぎ足で、いつもドクターに診てもらうクリニックとは別の棟に向かう。手術や入院は病院のメインのビルである。駐車場からは、メインビルのサイドの入り口につながっていて、サイドの入り口を入るとすぐにエレベーターがあった。それにすぐに乗ったのが間違いだった。ここから二人で迷ってしまった。やっと出くわした病院関係者に、正しい行き場所を尋ねた。メインのロビーにまず行かないと婦人科の病棟にたどり着けないことが判明。

婦人科にたどり着いたのは3時5分だった。

げー、遅刻だ。自分の帝王切開に遅刻していくとは、我ながらなんという緊張感のなさ😓

病棟の前には、大きな両開きのドアがあり、横にあるボタンでまず中に電話しなければいけないようになっていた。名前を告げるとドアが開いた。

「遅れてすみません!」

「大丈夫よ。」特に遅刻に関してはお咎めはなかった。ホッ。

受付の人から手術準備室に案内される。まず、準備室で手術までの準備をする。そして手術が終わった後もその部屋で術後の諸々の必要なことをして、その後は自分の部屋に通される。部屋は個室で、ヒッピー君用のベッドもあるそうだ。

「手術の後、娘が会いに来てもいいですか?」

小夜子と小夜ママが一緒に病院を訪ねることになっている。

「娘さん何歳?」

「10歳です。」

「あら、ごめんなさい。今インフルエンザシーズンだから、18歳以下の人はフロア自体に入れないことになっているの。」

「下のロビーに赤ちゃんを連れて行くのは?」

「退院の日までは無理よ。」

ありゃりゃ。これは想定していなかったな。スパイニーとの対面を誰よりも楽しみにしていた小夜子の残念そうな顔が目に浮かんで、ちょっと切ない。でも理由が理由だから仕方がないし、どうすることもできない。

準備室に入ると、体育会系な雰囲気の女性看護師がパソコンに何か入力していた。名前はステファニー。とってもフレンドリーで、年齢は私と同じくらいに見えた。

早口に今からやることの説明をされた。ガウンに着替えて、カミソリで下の毛を剃る。全部じゃなくて上の邪魔そうな部分だけでいいそうだ。

え?毛の処理は看護師さんがやってくれるのかと思っていたから意外だった。

早速ガウンに着替えて、室内にあるシャワー室件トイレに入る。いつも思うけどガウンはスースーして寒いから苦手だ。洗面台の鏡のところに確かにカミソリ、それから取り残しの毛を取るための粘着テープが用意してある。さて、剃ってみようかなと、目線を下に落とす。

「見えない!」

そうだった、下の方が見えなくなってもう数ヶ月も経ってはいたけど、改めて自分のお腹の出っ張り具合を思い知らされた。

「ヒッピー君、剃りたくても見えないんだけど?」とバスルームから叫んでみる。

「あぁ、それもそうだね。」

ちょうどステファニーが入ってきたので、「剃りたくても見えなくって・・・」と言ってみた。

「でしょう?そういう時のために旦那がいるじゃないの、ここに!邪魔者の私は消えるわね。」

「わっはっは!」と豪快に笑いながらステファニーが出て行く。完璧におばさんのノリだ😅

「あははは。」と私たちも一応一緒に笑って、さて、ヒッピー君の出番だ。

「やったことないからどうかなぁ。」と言いながら、なんとかジョリジョリ。あとは粘着テープで余分な毛を取る。「これでいいのかなぁ。」と頼りない。

How’s it going?とステファニーが入ってくる。「ちょっと見てみようか?」と私の下方をチェックし、「出来てる出来てる。これでいいよ。」と合格点をくれた。

just-before-the-cその後はベッドに横になって、ステファニーを待っていた。なかなかやってこない。ただ横になっているだけだと気が紛れず、ますます緊張してしまう。ベッド見る景色はとてもよくて、ポートランドのサウスイースト地区がよく見えるのだが、それさえも心を落ち着かせてはくれない。

やっと入ってきたステファニーに、今度は矢継ぎ早に質問された。住所から、アレルギーの有無まで様々。その数ある質問の合間に、手術に必要ない質問を投入してくる。「あなたたちどこで出会ったの?」「結婚するまで何年付き合ってたの?」

このフレンドリーの度を越したオーバーフレンドリーな人はポートランドに結構いる。私がポートランドの前に住んでいたボストンではなかなか見かけないタイプだ。例えばスーパーのレジの人。週末の予定から、お勧めのレストランまで話題が尽きない。でもちゃんと手は動かしているからすごいなと感心する。

ステファニーの場合はお喋りな上にひょうきん者で、会話の中に笑いどころをどんどん入れてくるので、それへの反応も必要だ。私はもう「心ここに在らず」の状態なので、帝王切開に関係ない内容は右から左へ抜けていて、愛想笑いしかしていない。ステファニーの雑談相手はヒッピー君にすべて任せていた。

いよいよ私の点滴の準備が始まった。今から腕にいっぱい刺されるんだろうな、とこちらは少し怯えているのに、ステファニーの弾丸トークは続く。ここは黙って集中してほしいな。

Shit!

案の定(?)、ステファニーは点滴の針をうまくさせなかった。ごめんね、と言いながら二回目のトライ。

Shit!  I messed it up again!

痛いなぁ。でも「クソ!」っていう女性は個人的には好きだな。

さて、3回目のトライ。さすがのステファニーもお喋りはやめて集中している。

しかし、結果はまたも失敗。

I’m so sorry, honey.

かなり申し訳なさそうだ。No worries.と彼女を励ます。ステファニーは私の腕に3枚目の絆創膏をしながら、無線でベテラン看護師を呼ぶ。体格の良い年配の女性看護師が入ってきた。その雰囲気だけで、あぁ、大丈夫だと思った。反対の腕に注射器を刺して、ハイ終わり。あっという間だった。どうやら私の左腕は血管が細いようで、最初から右腕にしておけばお喋りステファニーでもうまくできたのかもしれない。無駄に3回刺された左腕は、翌日には痛々しいアザになってしまった。

その後は、麻酔科の先生が部屋に入ってきて、自己紹介された。今まで麻酔でアレルギーが出たことがあるか聞かれて、あとは、どんな風にどこに麻酔を打つかなどの説明がされた。

そうこうしている間に手術の時間が来てしまった。

「ドクターPは?」

「まだだよ。」

「いつものことだね。」

と看護師たちが会話している。私の主治医であるドクターPはペルー出身のとってもおっとりした先生。ラテンタイムとよくいうが、時間の感覚もおっとりしているのだろうか。まぁ、私も遅刻したのだから人のことは言えない。

「さ、準備ができたから手術室へ行くよ。」

5時をちょっと回ったところで、移動用のベッドへ乗せられて、手術室へと向かった。ヒッピー君も指定の防護服のような白い服に着替えていた。

「カメラ忘れないでね。」

とステファニーがヒッピー君に言う。帝王切開でも写真撮るの?なんか変なの。と心の中では思ったけど、それを口に出していう気分では到底なくなっていた。

まだ歩けるのにベッドに乗せられているのがちょっと気恥ずかしい。手術室の中に入ると、照明がパッと目に入ってきた。まさしく医療ドラマの世界だ。そして、ゴツいメタルのトレイの上にゴツいメタルの器具が視界に入る。うっ、なんかこれは見たくなかったかも。

もう後には引けない。まな板の上の鯉になる以外ないのだ。スパイニー、無事に出てきてね。

Part2に続く。

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