帝王切開・ポートランド版Part2


Part1より続く。

ベッドの上から見上げる手術室の照明は恐怖心をかなり煽った。でもそこから目を逸らすと、手術用の器具、モニター、とにかく生で見たことのないものが次々視界に飛び込んできて、更に恐怖が増す。

そこへ主治医のドクターPが声をかけた。

「元気?」

いつものおっとりした口調ではあるけど、今日は手術用のウェアを着ているせいか、いつになくシャープな雰囲気がする。

「大丈夫です。」

「研修生のアレックス覚えてる?彼女も今日一緒に手術に立ち会うけどいいかい?」

「もちろん。」

アレックスに手を振る。彼女は私の検診のたびに数値をパソコンに打ち込んでいた見習い看護師だ。見慣れた顔が一人増えるのは嬉しい。

「じゃ、麻酔を打つね。」

さっき準備室に来た麻酔科の先生から、体の前に枕を抱いて猫のように背骨を丸めるように指示があった。

「最初ちょっと痛いよ。」

確かに痛かったけど平気だった。それから手術用のベッドに看護師さん達がよいしょと私を抱えて移動させた。すでに麻酔は効き始めていて、下半身の感覚がなくなっていく。麻酔科の先生が、先の尖った何かで、私の腰あたりをツンツンやった。

「何も感じない?」

「何も感じません。」

「それじゃ、オッケー。」

目の前にカーテンみたいものを引いて私の視界を塞ぐ準備も始まった。私の頭の左横にヒッピー君が陣取っている。右横には麻酔科の先生。本当なら、ヒッピー君と自分の母親に出産に立ち会ってもらうつもりだった。私の予定日は本来5月1日。両親は自治会の仕事の都合もあり、予定日の少し前の4月28日にポートランド行きの飛行機を予約していた。初産は予定日より遅くなる傾向があるというが、私にもそれが当てはまることを期待していた。それが、前置胎盤のせいで37週で帝王切開に。かといって格安航空券の予約は簡単には変えられない。

そのことはちょっと残念だったけど、今私の周りにいる看護師さん達は、なんだかお母さんの雰囲気の人たちばかりだ。

「男の子?女の子?」

「男の子です。」

「楽しみだねー。名前はもう決めたの?」

そんなやり取りを看護師さん達とする。なんだか、今からお腹を切りますっていう雰囲気の会話ではない気がするけど、私の緊張をほぐしてくれてようとしていたのかもしれない。

「久しぶり。最近どう?あの、新しい部屋気に入ってる?」

「まぁまぁかな。ロケーションは悪くないよ。」

今度はドクターPと麻酔科の先生の雑談が始まった。看護師たちもその雑談に加わる。同時にガチャガチャと器具が音を立てている。

もしかして雑談しながらお腹切ってないよねぇ???

真相を知っても怖いだけだから、私はヒッピー君の目だけを見つめることにする。

程なくしてドクターPが言った。

「あ!やっぱり胎盤が完璧に子宮口を覆ってる!帝王切開にしてよかったよ。でもすごくいい感じの胎盤だよ。」

一番最後のエコーで、私の胎盤は最終局面で数ミリ横に動いたようだと聞いていたけど、お腹を開けてみれば胎盤が子宮口のもろ真下にあったようだ。出産経験者の数人の友達から、胎盤をうちに持って帰りたいとドクターに前もってリクエストするようにアドバイスはされていたけど、前置胎盤が治らなかった私はもう、赤ちゃんと自分が無事でいること、それ以上何も望む気分ではなくなったので、そんなリクエストはしなかった。その友達らは、胎盤をうちで調理して粉状にして食べたり(かなり栄養価が高いらしい)、花壇に記念樹を植えてそこに撒いたりしたらしい。病院によってはダメというところもあるとも聞くけど、ポートランドで胎盤を持ち帰りたいとリクエストする人は少なくないと予測する。

「アレックス、大丈夫かい?」

とドクターPが声を掛ける。手術立会いが初めてというアレックスは、私からはちょっと離れたとろで様子を見ているだけなのだが、彼女にとっては気分が悪くなる可能性もあったと思う。でも大丈夫そうだ。

「じゃ、今からお腹を押すね。痛くはないけど、押す感覚がわかると思うよ。」

といって、看護師さんたちがかなりの圧力で私のお腹を押し始めた。ヒッピー君の手を強く握る。

おぎゃ〜!!

“He’s gorgeous!”

皆が一斉にいう。スパイニーが生きてる!私もまだ生きてる!あー、よかった。涙でヒッピー君の顔がぼやける。麻酔科の先生も笑顔で私の肩に手を当ててくれている。私は目でうなずくしかできない。

ちょっとしてからスパイニーが私の元へ連れられてきた。顔と顔をくっつけて、お互いの体温を感じる。「ちょっとしてから」というのは大体30秒ぐらいだっただろうか。私はその時はよくわかっていなかったけど、後からヒッピー君に聞くには、スパイニーの呼吸のリズムが一定していなかったので、看護師がスパイニーの足を叩いたりして刺激を与えていたそうな。「おぎゃあ」と泣けば万事よしというものではないらしい。

あと、スパイニーの体が予想より綺麗だった気がしたが、綺麗にされた状態で私の元へ連れてこられたのかなと思ったけど、これもヒッピー君曰く、もともとそういう状態で出てきたとか。本当かどうか怪しいけど😅

さて、私のお腹もいつの間にか閉じられていて、これでもう安心していいのかどうか、ドクターからの言葉を待っていた。前置胎盤で一番怖いのが大量出血。私の場合も輸血用の血液が用意されていた。自身の血液を用意する場合もあるようだけど、私はドクターの判断でそれはしなかった。費用がかなりかかること、必要なかった場合に無駄になってしまうことを考慮した判断だった。

見るにドクターたちはパニクっている様子はない。だから、私は多分大丈夫なのだろう。だよね?でもなかなか「これでお終いだよー」という言葉もない。この待たされた状態はなんなのだろう。

やっとドクターPの顔が目に入った。

P:「時間がかかっていてごめんね。これからレントゲンをやることになったから。」

R:「レントゲンですか?」

P:「一個だけ小さなパーツが見つからないんだ。だけどあなたの体内にあるとは思えない。でもルールだからレントゲンはしなくちゃいけないんだ。」

R:「。。。。。。?!」

P:「例え体内に見つかったとしても、とーっても小さいから、おそらく何もしなくて大丈夫と思う。とにかく今、レントゲン技師を待っているところだから、このまま待っていて。」

頭の中がなかなか整理できない。

小さなパーツって、どんなやつ?あのガチャガチャと音を立てていた器具の一部が私の体の中にある可能性があるの?体内にあったとしても小さいからそのままでも大丈夫ってどういうことだ?「小さい」といっても、どんだけ小さいのだろう。そのパーツとやらと一緒に生きていくのと、せっかく閉じたところをまた開腹するのと、どっちがマシだろうか。

レントゲン技師らしき人がガラガラとコロの付いた小型レントゲンマシーンらしきものを押しながら入ってきた。

「赤ちゃんを部屋から出してもいい?」

ヒッピー君が質問した。

「ダメよ。私が赤ちゃんの前にいるから大丈夫。」

かなり大柄の看護師が放射線を遮るための重そうな装備を身に付けている。スパイニーをその看護師が抱っこして放射線を遮るということなのだろう。

ヒッピー君が自分だけ退室していった。パニクっている妻をよそに、冷静でちゃっかりしている。

「陰性。思った通りだ。体内にはなかったよ。よし、これで終わりだよ。あとは、これから出血がどのくらいあるかによるけど、今のところ大丈夫そうだよ。」

ふーっ。

やっと大きな息が付けた。

また、コロの付いたベッドに移されて、準備室へ移動した。そしてスパイニーが私の横にまた戻って来る。すやすやと眠っていて可愛い。

ヒッピー君が思い出したようにスマホを取り出して写真を撮っている。ここへ駆けつけられなかったお互いの両親へ送るためだ。帝王切開中は写真を撮る余裕なんて全くなかったし、写真をパシャパシャ撮られるより、手を握っていてもらっていた方がよかった。

なるべく写真写りをよくしたいけど、疲れていて顔を作る気も起きないし、とにかく眠い。

そのとき小夜ママから電話があった。小夜子と二人で病院のロビーにいるらしい。ヒッピー君が小夜子はこのフロアに入れないと伝えられたことを説明する。スカイプならできるということでスカイプに切り替えた。

「小夜ちゃん、ごめんね。」

「いいよぉ。仕方ないよ。ハロー、スパイニー!はじめまして。」

ということで、姉弟の初対面はスカイプでということになった。同じ建物の中にいるのに、会えないのはもどかしい。

それからヒッピー君がロビーに小夜子に会いに行き、代わりに小夜ママが病室へやってきた。

「可愛いねぇ。」「よかったねぇ。」

いろいろ会話をしたいのだが、私は重い瞼をなんとか上げたままにするので精一杯だし、何しろ呂律も回らない。

もう眠気が限界に達しそうなところで看護師が二人入ってきた。私のお腹を押して、出血した分の血を外に出すそうだ。小夜ママは終わるまでカーテンの外にいるように指示された。

麻酔はまだ効いてはいるはずなのだが、この処置が結構痛い。

「息を吸って〜。はい、吐いて〜。」

の「吐いて」のタイミングで看護師が二人がかりで体重をかけて私のお腹を両手で押す。私は押されっぱなしだと苦しいので、腹筋にできる限り力を入れて重圧を受け止める。これを何度か繰り返す。で、いくら出血したかの記録を取っているようだった。このお陰で3日後の退院時にはお腹にも大きなアザができていた。でもこれは私がアザの出来やすい体質だからかもしれない。

手術の夜は30分おきにこれをされたので一睡もできなかった。出血量が減るとそれがだんだん2時間おきとかになったけど、やはり痛くて、とても憂鬱だった。

ドクターPは1日1回ほど往診にやってきた。傷口もきちんと塞いでいて問題ないようで安心した。入院は短くて二晩、長くて三晩と言われていた。私の場合は出血量が少なくなかったので、念のため三晩になった。入院二日目からすでに歩く練習もさせられ、痛み止めのせいで頭はクラクラ、足元はフラフラで少々きつかったのを覚えている。あとは、怖い夢をよく見た。スパイニーがベッドの下に落ちていたり、頭がなかったり、本当に悪夢ばかりだった。

前置胎盤での帝王切開は本当に不安だったけど、なんとかスパイニーも私も無事でよかった。まさか帝王切開の最後にレントゲンを撮ることになるとは予想していなかった。今だから笑い話にできるけど、その時は冷や汗が出た。

でも、いったいその器具のパーツとやら、どこにいってしまったのだろう。いまだに残る謎だ。

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