LGBTQと幼児教育ー絵本”Jacob’s New Dress”が教えてくれることー


最近日本のメディアでも性的マイノリティーを表すLGBTという言葉をよく目にする。LGBTとはLesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)の頭文字をとったものだ。アメリカではLGBTにQueer及び/あるいはQuestioningを表すQを加えたLGBTQとするのが最近では主流だ。

ポートランドで最近気がつくのは、トイレに男女分けがなくなっていること。例えばトイレが二つあるスタバに行くとする。以前は男女それぞれのトイレだったのに、二つとも男女共用になっている。男女共用のトイレは足元が汚れていることが多いからイヤだなと最初は思ったけど、トイレの男女共用化の背景にはトランスジェンダーの人への配慮があるのだろう。

幼児教育の世界でも、学会やワークショップ、職場のミーティングでLGBTQのことが話題に上る機会が増えた。私が月一で参加している有志の幼児教育者の集まりに「反偏見・反抑圧教育」というグループがある。ここでは、主に幼児教育の現場での人種差別、性差別、移民や難民への差別、障碍者差別といった、あらゆる差別・偏見・いじめについて話し合い、現状を変えていくためのアイディアを出し合い議論し合っている。LGBTQはよく議題になるトピックの一つだ。

先日参加した「学校を再考する」学会では、数あるワークショップの中、LGBTQに関するワークショップはすぐに参加希望者でいっぱいになってしまった。教育の現場で働く人たちの間で関心度がかなり高いことがわかる。

性的マイノリティーの子供達が、なるべく自分らしく生きられる学校作りをしたい、そのためには、性的マイノリティーでない子供たち、親、教師がLGBTQに対して偏見を持たないこと。そうするにはどうすればいいか、多くの先生が努力しようとしている。

世の中は、男・女という2種類だけのジェンダーですっぱりと分けられている。子供達も生まれた時から否応なしにそのどちらかに振り分けられる。幼稚園や学校というところも、男女分けがはっきりしている。学校の先生が「男の子はこっち!女の子はこっち!」と整列させたり、ロッカーの名札が男の子が青、女ん子がピンクだったり。もし、世間は自分のことを男の子というけど自分は女の子と思ってる子がいたら?男女どちらにも属している気がしない子がいたら?「◯◯君」と言われるたびに心がうずく子がいたら?お人形遊びが好きなことをお友達からからかわれている子がいたら?

先ほどの「学校を再考する」学会では、私はある素晴らしい絵本に出会った。

Jacob’s New Dress written by Sarah and Ian Hoffman

少しだけ内容を紹介したい。

ジェイコブ(予測するに5歳くらいの男の子)は学校の着せ替えごっこコーナーでドレスを着るのが大好き。クラスメートのクリストファーからは「男のくせに」とからかわれる。

お家に帰ってからジェイコブはママに相談する。

「男の子はドレスを着ちゃいけないの?」

ママはもちろんいいよと言う。

ママの提案で、ハロウィンで着た魔女のドレスを出してきたジェイコブ。遊んでいるうちに学校にそれを着て行きたくなった。でもママは眉をひそめて言う。

「それはおうち用よ。学校で汚れたら大変。」

「じゃ、学校用のドレスならいい?」

ママはしばしの沈黙の後で言う。「考えさせて。」

翌朝、ジェイコブはバスタオルで自前の「ドレスみたいなもの」を作った。「これなら汚れてもいい。」でもパパママの反応はイマイチだ。

ジェイコブの「ドレスみたいなもの」は学校では評判が上々だ。でも、休み時間に外で遊んでいる時、クリストファーに剥ぎ取られてしまった。

ジェイコブはうちに帰ってママに言う。

本物のドレス、作ってもいい?」

ママは答えない。その沈黙が長ければ長いほど、ジェイコブは息苦しくなる。

「ミシンを出してきましょう。」ママがようやく言ってくれた。

ジェイコブは体の中が空気で満たされるのを感じた。

出来上がった紫色のドレスをパパにも見せてみる。パパの反応を待つ間も、ジェイコブはまた息苦しくなるのを感じるのだった。

翌日、学校でのサークルタイムでジェイコブは、ママと一緒にミシンを使ってドレスを作ったことを誇らしげに皆に話す。先生が「ミシンを使うのは難しかった?」と質問するとクリストファーが間に入る。

「なんでジェイコブはドレスを着るの?パパに聞いたら男の子はドレスは着ないって。」

「ジェイコブは自分が心地良いと思うものを着ているのよ。」と先生が代わりに答える。

また休み時間にクリストファーがジェイコブをからかう。

「おにごっこをしよう!男チーム対女チームだ。ジェイコブは女チームだ。」

皆が笑う。

でも、ジェイコブは言う。

「このドレス、自分で作ったんだ。そのことを誇りに思ってるよ。だからこれからも着るよ!」

こんな風に、ストーリーは進む。

ママとパパにありのままの姿を受けとめてほしいジェイコブ。その心の中が伝わってきて、涙が出そうになる。ジェイコブのユニークな境遇は多くの子供が共有することではないだろうけれど、大人に気持ちがわかってもらえないときの胸の苦しみは、誰もが経験することで共感できるはずだ。

かといって、親からの視点で読むと、ママとパパの躊躇する気持ちも理解できる。スパイニーがもし将来、幼稚園から帰って同じようなことを言ったとしたら、私はすんなりそれを受けとめてやれるだろうか。スパイニーを、ステレオタイプ通りの「男の子」の枠にはめようとしてしまうかもしれない。

そして、先生の立場もとても共感できる。ジェイコブの先生の意図ははっきりはわからない。でも私が読む限りでは、サークルタイムで先生が「ミシンを使うのは難しかった?」と言ったとき、先生はきっとその場が居心地が悪かったから、わずかに子供たちの関心をかわすためにそんな質問をしたのかなと勘ぐってしまった。自分でもそうしてしまうかもしれない。布は誰が選んだの?フリルはどうやって縫ったの?ミシンの使い方みんなに話してくれる?ドレス作りに関する細かいことばかり質問して、肝心の「男の子のジェイコブがドレスを着る」ということをあえて話さずにこの場を切り抜けようとしてしまうかもしれない。

この年齢の子なら、「ドレスを着る」ということが典型的な男の子がやることではないことは明白なはずだ。現にこの場面でもクリストファーがピンポイントで質問した。「ジェイコブは男の子なのに」と。こうなればもう、徹底的に話し合うしかないと思う。子供達と。どうして男の子はドレスを着てはいけないって思う?もし、あなたが着たいものを着てはダメだと言われたらどんな気持ちかな。男の子はズボン、女の子はスカートっていったい誰がいつそんなルールを作ったんだろう。男性がスカートを着る国があるって知ってるかな?私たちが住む国では、人はどんな服を着て暮らすべきだと思う?

うん、こうなれば子供達もきっとノッてきて、議論が盛り上がりそうだ。自分の生徒達はどんな風にこの本に反応するだろうか。読むのが楽しみになってきた。

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