幼児過程から始める性教育ー『SEX IS A FUNNY WORD』を参考に


先日ヤフージャパンの記事「タブー視される日本の性教育 今のままで良いのか」に、いかに日本の学校現場での性教育が欧州に比べて遅れているかが書かれてあった。この記事を読む限り日本の公立学校の性教育はとても保守的で、1975年生まれの私が学生だった頃からさほど変わっていないと思われる。

この記事によれば、1990年代は日本の学校教育の現場も性教育に熱心だったそうだ。その流れが変わったのが2000年に入ってから。厚生労働省所管の財団法人・母子衛生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ&ボディBOOK」の内容が過激すぎると批判を浴び、全面回収されてしまったそうだ。どんな画期的な内容だったのかとても気になる。

自分が小学生、中学生の時も保健体育の一環で性教育の授業はあるにはあったが、内容は全く記憶にない。当然セックスについては全く無知で、私は共働きの親が帰宅する前に内緒で見ていた「毎度お騒がせします」の再放送で、なんとな〜くの知識を身につけた程度だった😅

中三の時のある日、図書館で自由に本を読む時間に、体の仕組みの本をこそこそと読んでいた私は、性交渉はどのようにするかの説明を見つけて、友達にすごいテンションで報告したのを覚えている。するとその友達は冷静に

「え?知らんかったん?どうやると思っちょったん?」

。。。返す言葉がなかった😓その友達はどうやって学んだのだろうか。インターネットなんてなかった時代。知識を得る手段は限られていた。

今はそうではない。子供達はネットで情報を簡単に手に入れられる。学校の性教育に頼れない時代、親は自分の子供への性教育にどのように向き合えばいいのだろう。

ここポートランドの幼児教育の先生の有志が集まる「反バイアス・反抑圧教育カリキュラム」の月一ミーティング。性教育のこともメインの議題の一つだ。あるアメリカ人の先生が言っていた。

「アメリカ社会は暴力にはとてもオープン。性の話にはとても閉鎖的。」

アメリカのテレビドラマを見てよく思うのだが、暴力シーンはかなりグロいし、これを子供に見せていいのかという内容が普通に放送されている。そのくせ、セックスのシーンは女性はなぜかよくブラをつけているし、男性もパンツをはいたままで、非現実的だ。

と、話がちょっとずれたが、アメリカの公立学校の性教育も、ヨーロッパからは遅れをとっているようだ。

同じミーティングの中で、ある先生がオススメの本があると挙げてくれたのがこれ。

 

Sex is a Funny Word 「セックスはおもしろい言葉」

Written by Cory Silverberg  Illustrated by Fiona Smyth

早速入手してみた。

表紙から中身までとってもカラフルな本。コミックみたいで読みやすい。

4人の主人公がいる。活発で知性のあるザイ(8歳半)。ちょっとひねくれ者でオタクっぽいクーパー(8歳)。ジョークやクイズ好きのミミ(9歳)。真面目で気の優しいオマール(10歳)。

8〜10歳なら小学3、4年生ということになる。セックスなんて言葉をもう使うの?!とハラハラしてしまうが、さてその中身は?

 

 

 

注:本の内容を翻訳した箇所は青色フォントで示してあります。

 

始まりは彼らの教室での一コマ。

先生:「3つのアルファベットの言葉で、たくさんの意味が含まれている言葉は?」

生徒たち:「PIE」「BOX」「 CAT」「 BAD」

先生:「確かにそれらも三つのアルファベットの言葉だけど、私が考えている答えとは違うな。」

生徒たち:「。。。。。。」

先生:「降参かな?答えはSEX。」

生徒たち:「!!!!!!」

最初ちょっと顔が引きつった後、生徒たちはクスクス笑い始める。

そこですかさず先生が聞く。

先生:「なぜSEXが可笑しいんだろう?」

生徒たち:「ペニス。」「おっぱい。」「キス。」「うひひひひひ。」

そこで真面目なオマールが発言する。

「可笑しいかどうかはわからないけど、セックスのことを質問すると、いつも僕の親は固まって動かなくなる。で、話をしなくなっちゃう。で、友達にセックスのことを聞いたら、それとは正反対で、笑い始めて止まらなくなる。このことはちょっと可笑しいと思う。」

するとミミが言う。

「私の親はセックスは可笑しい言葉なんて言わない。セックスは私が大人になった時のための特別で美しいことだって。」

冷めた顔のザイが言う。

「私には何の関係もないことよ。」

一方のクーパーは

「この話つまんない。だって僕はもう全部知ってるもん。」

と、こんな感じで始まるのだ。彼らはほんの3、4年生だけど、性教育レベルで言えば40歳を過ぎた私もこの教室に同等に座っていられそうだ。私も「おっぱい〜。」「あはははは〜。」と言っている生徒の一人ということは間違いない😂

40過ぎてもセックスを真面目に語るのってちょっと照れ臭いのだから、子供なら尚更だ。発言するとからかわれたりするかもしれない、「ませてる」と思われるのも嫌だし、かといって「幼稚」と思われるのも嫌。色んな感情が浮かんでくるだろう。

 

この本は6章からなっている。

1章:セックスとは何か

2章:体について学ぶ

3章:男の子、女の子、私たちみんな

4章:触ること

5章:セックスについて話すこと

6章:好きな人、愛、付き合うこと

個人的には、この本は楽しく読めただけでなく正直すごく勉強になったので、ぜひ興味ある人はこの記事を読み進めてほしい。私のステップドーターの小夜子(11歳)に興味深そうに読んでいた。小さい子供を持つ親にとってもかなり使える本だと思う。

 

1章:セックスとは何か

この章のタイトルは「セックスとは何か」だが、実際に性行為をどのようにするかには触れていない。テレビや雑誌で見かけるセックスのイメージと少し違った側面が強調してある。

セックスという言葉は主に3つの意味で使われる。

1.男、女、その他を表す言葉。(※sexとは性別という意味がある)

2.体の中で気持ちよく感じるためにする行為。または他の人を近く感じるためにする行為。大人はこれを「セックスをする」と表現する。

3.大人が赤ちゃんを作るための一つの手段。

そしてセックスを学ぶ上で重要なことが4ポイントあげてある。

RESPECT(尊重):他の人の感情を尊重すること。また自分も尊重されること。

TRUST(信頼):信頼できる人とは、一緒にいて安全で心地よい人。本当に信頼できる人を知るには時間がかかる。セックスはとても個人的なことなので、セックスについては信頼できる人と話すのがよい。

JOY(喜び):喜びとは大きくて美しいハッピーな感情。セックスはこの感情も含む。子供の時は自分自身で喜びを感じるが、大人になるにつれ、信頼できる人とこの感情を共有することもできる。

JUSTICE(正義):正義は平等に似ているけど、もっと大きな意味がある。正義は一緒に頑張ることで生活する上で良いことも大変なこともを皆で分かち合うこと。私たち誰しもが重要だという意味でもある。

なるほど〜。ここまで読んでも想像していた性教育と全然違うのがわかった。

では、第2章に読み進んでみよう。

 

第2章:体について学ぶ

私たちの体は、それぞれ違う。どの体もその中に美しさがある。

ここでも第1章であげた4つのポイント、RESPECT、TRUST、JOY、JUSTICEが重要になる。

RESPECT(尊重):誰かの体を触る時は触っていいか聞くのを忘れないで。

TRUST(信頼):自分の体を信頼することは自分の体に耳を傾けること。

JOY(喜び):どの体も気持ち良いと感じることもあれば気持ち悪いと感じることもある。

JUSTICE(正義):どの体も他の人の助けが必要。

では、具体的には何を言おうとしているのだろう。

私たちの体にはプライベートな部分がある。人に見せても平気な箇所とそうでない箇所があるが、それは環境や家族、自分の年齢、一緒にる人によって違う。セックスに関係する体の部位をPrivate Parts(プライベートな部位)と呼ぶ人がいるが、どこがプライベートな部位か、は人によって違うので、この本ではmiddle partsと呼ぶ。体の中間部分にあるからだ。

このmiddle partsの名称をおもしろい言い方をしたり、変な呼び方をしたりする人がいる。変な呼び方をするのは楽しいかもしれないが、医者や先生が使う名称を知っておくと良い。

このプライベートの部位(この本でいうmiddle parts)の呼び方については、先に挙げた反バイアスのミーティングでも話題になったことがある。英語でも例えば親が子供に対してペニスのことをWeeney(ウィニー:ウィンナーソーセージに由来)と呼ぶことが多いのだが、先生たちはプライベートな部位全般でそういった幼児語や隠語を使わないようにしている。

これは、子供達がプライベートの部位に対して、タブーにしたり、汚いイメージやおもしろおかしいイメージを持たせないためだ。私の同僚の先生が言っていたが、その先生のお母さんがVagina(バギナは英語では「ヴァジャイナ」と発音する)という言葉を子供に使いたくなかったために、子供達にはVaginaはFront Butt(前のお尻)と呼んでいたそうだ。お母さんの苦肉の策だったのだろう。

とはいえ、日本語の「おちんちん」も英語のWeeneyと一緒で幼児語なので、私の職場では使えないことになる。私はスパイニー(ただいま1歳2ヶ月)に対して、英語を話すシチュエーションでは「ペニス」と言っているが、日本語の時(ちなみにほぼいつも日本語)は「おちんちん」という言葉を使っており、矛盾することになってしまう。日頃から「ペニス」という言葉を使うように心がけよう😅

なぜ小さな子に対してセックスやそれに関連する部分をタブーにするのがよくないか。本の最初のオマール君の発言のように、子供は大人の反応をよく見ている。

私の職場でも、3歳くらいの生徒が

「赤ちゃんはどこから出てくるの?」

「どうして⚪︎⚪︎(生徒の名前)にはおちんちんがないの?」

という素朴な疑問を投げかけてくる。ここで、口ごもったり、吹き出したり、ニヤニヤしたりすると、子供は敏感なのですぐに大人の感情を感じ取る。ごまかしたりするのはもちろん、「まだそんなこと知らなくていいのよ」という風に答えは絶対にやめるべきだ。

セックスや体の部位を話すことをタブーにしてしまうと、子供は疑問に思っても質問できなくなってしまう。でも子供は好奇心旺盛なので、その好奇心を満たそうとする。大人に聞けないとなれば、自分で情報を収集するしかなく、友達やネットをその情報源にすることになる。

この本は体のmiddle partsの部分がかなり細くイラストで示してあるので、こうした質問が出てきた時も使えそうだ。この本ではなくても、体の部位を説明する生物学の本でも十分使えると思う。

 

幼児教育過程における性教育

私の職場では、幼児教育のカリキュラムの中で性教育は大切なカテゴリーの一つという認識がある。子供たちと体の話はオープンに話す。体のプライベートの部位について話す時は、言葉を濁したり幼児語を使ったりせず、子供たちの質問にも真摯に答える。

私が6年前に今の職場で保育士として働き始めた時は、Penis(ベニス)とかVagina(ヴァギナ)とかいう言葉を子供たちにストレートに使っている先生たちを見ただけで「目から鱗」だったののを覚えている。ただ、当時は普通だった「そうね、⚪︎⚪︎は男の子だからペニスがあるね。」といったフレーズももはや時代にそぐわないものになってしまった。今では、体の部位ペニス=男、ヴァギナ=女という表現は避ける。例えばもし子供が「僕のパパはおちんちんがあるよ。だって男だから。」と子供が発言した場合は、「そうね、大抵の男性にペニスがあって、大抵の女性にはヴァギナがあるね」と返すようにしている。

これはLBGTQ(性的マイノリティー)の人への配慮であり、もし園や学校にLBGTQに該当する子供や先生がいなかったとしても、子供達がその人に対して偏見を持たないようにするために欠かせないアプローチだ。

 

この本では第3章にLBGTQのことが出てくる。

第3章:男の子、女の子、私たちみんな

こんな場面がある。体育のクラスで先生がピーっと笛を鳴らす。

先生:OK!男の子は右側、女の子は左側に並んで!

皆が一斉に列を成す中、この本の4人の主人公の一人ザイはどちらに着けばいいかわからない。結局列の真ん中に取り残されてしまった。

そして、次のような説明がある。

赤ちゃんが生まれる時、医者や助産婦は外見で赤ちゃんを男の子または女の子と呼ぶ。これは体を説明するラベルで、この「他人から見た自分」のラベルに自分自身が合っていると思う人もいれば、そうでない人もいる。

周りはあなたを男の子と呼ぶけど、自分は女の子だと思っている人もいるかもしれない。周囲からは女の子と呼ばれているけど、自分は男のだと感じている人もいるかもしれない。どちらかわからない人もいるかもしれない。またはどっちでもいいと思っている人もいるかもしれない。両方とも合っていると感じているかもしれない。

「それは男の子がやることよ」とか「それは女の子用よ」とかいったセリフを人が言うのに気づくことがあるかもしれない。そういったルールは一体誰が作ったんだろうって考えたことはあるかな?

あなたが男の子だから、女の子だから⚪︎⚪︎はしたらダメと言われたことはあるかな?

そして次のページに色んなアクティビティのイラストがある。自転車、ペット、スケートボード、クッキー作り、ネイル、野球、サクソフォン演奏、サッカー、お人形遊び・・・あなたが好きなアクティビティはどれかな?

 

第4章:触ること

まず、この章では、体を触ることは、時には人をハッピーにもするし、時には不快にもするということが書いてある。

例えば、日本でも馴染みが深くなりつつあるハグ。アメリカでは地域、文化によって違いはあるが、ハグはかなりの頻度でする。親しい間柄や家族同士なら頬にキスをする人もいる。

でも、中にはそうした習慣が嫌な人もいるようだ。

この本の登場人物の一人オマールもその一人。この章の最初で、オマールの誕生会に親戚のおばちゃん達が続々とやってきて、熱烈なキスで攻撃され戸惑った表情を見せる。でもお母さんから「遠くから来てくれたんだから」と言われて嫌々ながらそれを受け入れる。

ここがポイントなのだ。日本だとキスされるシチュエーションはほぼ見かけないが、よしよしと知らない人に頭を撫でられたり、顔を触られたり、お尻をポンポンされたり、大人が子供に親しみを込めてする「タッチ」は色々ある。考えてみればあれはかなり一方的で、子供達の中には不快に思っている子もいる可能性もある。本当は嫌でも遠慮して言えないかもしれない。この本には、ハグやキスや握手が嫌ならばそのことを伝えてもよい書いてある。その代わり自分自身も誰かの体に触れる時は前以て許可を求めるのが「リスペクト」することだ、とも。

自分の体は自分だけのもので、他人から尊重されるべきものだという考え方は、小さい頃から身につけさせるべきだと思う。相手が親であっても先生であっても医者であっても、本人の意思に反して体を触られるのは間違っているし、「ノー」と言って良いのだ。大人になってもそれは変わらない。

これは、他人または他人「触ること」。次のセクションでは自分を「触ること」も扱ってある。つまり、マスターべーションだ。一つ前の章には勃起のことも詳しく記述があったが、マスターベーションもごく当たり前の現象として扱ってあり、子供がそのことを恥じたり汚らわしく感じたりしないように配慮してある。

そしてこの章で一番大切なのが「シークレットタッチング」のセクション。

オレゴン州では幼児教育者が州が規定する幼児虐待防止のトレーニングを受けないといけないのだが、その中で、オレゴン州の実に10~12歳の3人に一人の女の子、6人に一人の男の子がなんらかの性犯罪の被害者になっているというデータを示された。

この中には子供が意思に反して触られる場合と、触らされる場合があり、加害者はこれを秘密裏に行うので、この本ではこれを「シークレットタッチング」と呼んでいる。

この手の犯罪の特徴は、親戚や顔見知りによる犯行が多いということ。子供達は自分が信頼していた相手からされたことなので、余計に誰にも言えず一人で悩む結果になる。誰かに言えば、その相手を困らせてしまうと心配したり、信じてもらえないかもしれないと思うからだ。

昔なら、子供達には「知らない人に着いて行かない」とか、「物をもらわない」とか教えるのが普通だったが、これだけではこうした性犯罪は防げない。身近な人を疑うように子供に教えるわけではなく、さっきも書いたように、「自分の体は自分だけのもの」という感覚を教えていくことが大切だ。

 

第5章:セックスについて話すこと

セックスという言葉を「悪い言葉」という人も中にはいて、「セックスのことは子供の頃は決して話すべきではない」という大人もいる。セックスのことを話すことが不快な人もいる。

でもセックスは悪い言葉ではない。セックスの話をするまだ準備ができていない人もいる。セックスの話をしてもいい人と、そうでない人がいるということを覚えておきたい。

この本のレビューをアマゾンで見ると、ポジティブはものがほとんどなのだが、中には星一つにしている人もいる。この本がセックスだけでなく、マスターベーションまで記述があり、子供の性欲を触発していると強く批判している。アメリカでは、特にクリスチャンの人はの中には性教育について保守的で、赤ちゃんはコウノトリが連れてくると子供に説明する人もいるようだ。

 

第6章:好きな人、愛、関係

これがこの本の最後の章で、ここでは誰かのことを好きになる感覚のことが書いてある。

自分が学生の時も、こんなテーマの授業があったら楽しかっただろうなと思う。

また、Relationship(関係)のセクションでは再びLGBTQのことが触れてある。私の職場にも、同性カップルの親はいて、子供達はそのことを普通のこととして受け入れている。日本でもこれからLGBTQの親や子供が増えていくと予想でき、実際に先生の間でも受け入れ態勢を整えるための研修をする地域も出てきているようだ。

 

これでSex is a Funny Wordの話はおしまい。ところどころかいつまんで触れただけだが、参考にしてもらえたら嬉しい。またオススメの性教育の本があったらここで紹介したい。

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